誰がために−70


キラは女の子です


「お食事です」



カタンと、食器を乗せたトレーが置かれる音に、マリューが顔を上げる。

ここは、ヴェサリウスの中にある独房。

日に三度の食事が、捕虜である彼女らに時間を報せた。

通路の方が明るいので、マリューからは相手は逆光でよく見えない。

しかし、声とそのシルエットだけで、それが年若い女性であることはわかった。

マリューは2人を隔てる柵へと近づく。



「ありがとう」

「いえ。

 それより、少し遅れてしまってごめんなさい」



意外な言葉に、マリューは、相手をまじまじと見た。

この艦に来て以来、謝られたのは初めてである。

・・・捕虜なのだから、当然だったが。



「・・・あなた、ザフト軍の方、よね?」



疑問が、マリューの口をついて出た。

しかしすぐ、自ら否定するように首を横に振る。



「何を言っているのかしら・・・。

 ごめんなさい、疲れているの」

「大丈夫ですか?」



柵の隙間から、手を伸ばされて、マリューは反射的に身を引いた。

警戒されたとはっきりわかるその動きに、相手も動きを止める。



「熱、無いですか?

 軍医さんを呼んで来ましょうか?」

「・・・いえ」



そわそわと、その横を向いた相手の顔が、その時マリューの目に入った。

目を、見開く。



「キラさん、っていったかしら?」

「あ、はい。

 ・・・ああ、そちらの方が暗いから、見えないんですね。

 そうです、先日お会いした、キラ・ヤマトです」

「ちょっ、ちょっと待って。

 なぜ、あなたが?

 いいえ、それ以前に、オーブの艦に乗らなかったの?

 それに、その格好・・・。

 軍服、でしょう?」

「そうです。

 軍に、入れてもらったんです」

「な・・・ぜ?

 まさか、強制されたんじゃ・・・?」

「違います!

 ・・・違います。

 誤解、しないでください。

 これは、私が決めたんです。

 出来ることを、しようと思って。

 ・・・まだ、見習いですから、こんな風に雑用をしてるんです」



驚きと、そしてキラを気遣うマリューの様子に、キラは自然、笑顔になる。

ふわり、と微笑み、踵を返した。



「待って!」



強く呼び止められ、キラはその場で振り返る。

マリューが、柵に張り付くようにしてキラを見ていた。

そのまま待つが、口を開こうとしないマリューに、キラは元の位置に戻る。

間近に見ると、マリューは微かに震えていた。



「・・・具合が悪いんですか?」



キラの質問には、ふるふると首を振る。

どうしたものかと、キラが悩むうちに、マリューは柵を掴んでいた手を放した。



「ごめんなさい・・・っ」

「艦長さん!?」



深く頭を下げるマリューに、キラが驚きの声を上げる。

そんなキラに構わず、マリューは謝罪を続けた。



「ごめんなさい。

 謝って済むようなことじゃないけど・・・。

 本来なら、この戦争に関わる必要は無いあなたを・・・っ」

「艦長さん・・・」



下げられたまま、上がる気配のないマリューの頭を、キラは困ったように見つめる。

否定してあげるべきであろうが、それではたぶん、嘘になってしまうと思った。

マリュー1人の責任ではないし、決めたのはキラ自身。

それでも、マリューの言うとおり、あんなことがなければキラが軍というものに関わる機会はなかっただろう。

否定も肯定も出来ず、目を彷徨わせたキラを、一つの声が救った。



「キラ!ここにいたのか」

「アスラン」



安堵したように振り返るキラに、アスランは笑顔を向けながらも、さっと状況を見て取る。

近づいてくるアスランを見て、キラはマリューへの言葉を決めた。



「艦長さん、頭を上げてください。

 確かに、巻き込まれたことが切っ掛けですけど。

 決めたのは私自身ですから。

 それに、少し、感謝してます」

「・・・え?」

「アスランと・・・、彼と再会出来たのは。

 他の何を差し引いても、私にとっては幸運なんです。

 こうして、アスランといることを選べることも、です」



マリューに向けられた笑みには、一点の曇りも見えない。

さらに、アスランが彼女の横に立ち、その背に手を回すと、キラはアスランを見て幸せそうに微笑んだ。



*** end

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