望み−32


キラは女の子


「おじさんとおばさんは、どうするんだ?」



アスランとキラが、見つめ合ったままの長い沈黙の後。

アスランは静かな口調でそう訊いた。



「え・・・っと?」



てっきりまた、説得の言葉が出てくると身構えていたキラは、どうやらそういう意味ではない科白に戸惑いを浮かべる。

目を瞬き、首を傾げたキラに、思わずアスランはクスッと笑った。



ほんとうに、キラは変わらない。

そう・・・、素直なのに、突然頑固になって・・・。

言い出したら、聞かない。

頭は良いはずなのに、感情で動く。

それで、失敗しても、懲りなくて。

まぁ、そのフォローに苦労した俺も、懲りていないがな。



アスランは手をキラの腰にまわして、抱き寄せる。



仕方、ない。

俺が好きなのは、従順な人形じゃないんだからな。

俺が愛しいと思うのは、このキラなのだから・・・。



「あの、アスラン?」



アスランの腕の中で、キラはまだ事態が把握できていなかった。

対して、周りで見ていたミゲルたちは、決まったな、と頷き合って退室している。

誰の目にも、アスランがキラに勝てないのはあきらかだった。

これ以上ここにいても、することはない。

・・・と言うよりも、この後の展開を読めば、居たくはないというところか。



「ご両親と、会えなくなるよ?」

「あ、うん。

 わかってる、つもり。

 でも、アスランがいいの。

 ちゃんと、考えたよ?」

「そうか・・・」

「・・・あ」



穏やかな顔をするアスランを見つめ、やっとキラの頭にも閃いた。

恐る恐る、口を開く。



「いいの?」

「ん?」

「私、ここにアスランと居て、いい?」

「・・・反対しても、聞かないじゃないか」

「そ、うだけど・・・っ」

「決めたんだろう?」

「うんっ」



嬉しそうに頷いたキラは、笑顔でアスランを見つめた。

と、何かに気づいたように顔を強ばらせる。



「・・・どうした、キラ?」

「ア、ア、ア・・・アスラン!?」

「キラ?」



慌ててアスランから離れようとするキラに、アスランはちょっと目を瞠った。

ついで、苦笑する。



「何してるの、キラ?」



キラには、その笑いを含む声に気づく余裕もない。



「アスランっ。

 は、放してっ」

「なんで?」

「恥ずかしいからっ」

「誰も見てないよ?」



言いながら、アスランはひょいっとキラを抱き上げた。

突然のことに、キラは悲鳴を上げながら必死にアスランの頭に抱きつく。



「な、なにするのぉぉぉ!?」



・・・答えようにも、アスランの口はキラの体が塞いでいた。

それに気づかず、キラは叫ぶように続ける。



「見てるよっ。

 ミゲルさんも、イザークさんも、ディ・・・・・・・・・、あれ?」



体が安定し、少し余裕の出来たキラの視界を塞ぐものは何もなかった。

首を回してみても、部屋の中にキラとアスラン以外の人影は見えない。



「なんで?どこいったの?」

「さっき、出ていったよ。

 気がつかなかったかい?」



もちろん、アスランはキラが気づいていないことなど承知の上の科白だ。

しかしキラは、その返事そのものなど聞いていない。

それよりも、現状の方が大問題だった。



「きゃぁぁぁっ、何やってるの、アスラン!?」



下から聞こえた声に俯いたキラは、アスランの顔に、自分が胸を押しつけていたのに気づき、顔を赤くして喚く。



「何って、何もしてないよ、俺は。

 キラが押しつけてきたんだろ?

 嬉しいけどね」

「・・・///」



しれっとして言うアスランは、確かに嘘は言っていないので、キラはさらに顔の赤味を増した。



嬉しいって・・・、なに恥ずかしいこと言うの!?

だ、だいたい、私・・・・・・・・・大きくないし。

ううう。



「お、降ろしてよぉ」

「いいけど、約束してくれるかい?」



恥ずかしくて泣きそうになりながらキラが言えば、アスランは顔つきを真剣なものに改めてキラを見て言う。



「隊長に近づかないこと」

「は?」

「あの人は、油断ならないからね」

「えっと?」

「キラが何かに利用されないとも限らない。

 何か頼まれても、この前のように簡単に引き受けないこと。

 わかった?」

「あ、・・・うん」

「それから・・・」

「他にも?」

「もちろんだ」



重々しく頷くアスランに、キラも頭を切り換えてちゃと聞こうと身構えた。

が・・・

アスランが続けた科白に、またしてもキラはぽかんとしてしまう。



「ミゲルに近づかないこと」

「・・・・・・・・・は?」

「返事は?」

「あ、の、その。

 ミゲルさんは、そんな利用するなんて・・・」

「そんな理由じゃない。

 イザークとディアッカにも、だ」

「え?だって・・・

 あ、ニコルさんは?」

「・・・まぁ、ニコルなら」

「?」



・・・この艦にいて。

彼らとは同僚となるのだ。



近づくなって言われても・・・

どうしろって言うんだろ?

そんなの無理だと思うんだけど。

ううん、その前に。



「ミゲルさん、優しいよ?

 助けてくれたし。

 甘えさせてくれるの」

「俺がいるだろう?」

「んとね、ミゲルさんはお兄さんみたいなの。

 一緒にいると落ち着くの。

 アスランは・・・

 落ち着かないもん。

 ドキドキして・・・

 そ、それに。

 イザークさん、無口だけど、やっぱり優しいし。

 ディアッカさんも、話していると楽しいんだ。

 なんで、ダメ?」



キラが話すごとに、アスランの眉間に皺が寄ってくる。

それに気づいたキラは、困ったような笑顔を向けた。

その顔にほだされた訳ではないが、いい加減、鈍いキラにアスランはため息を吐く。



「・・・ではせめて」

「う、うん、なに?」

「俺以外の人間に抱きついたり、腕を組んだりしないでくれ」

「・・・それって」



疲れたように続けたアスランに、やっとキラにもアスランの言いたいことが通じた。



それって、アスラン・・・

もしかして・・・

妬いてる?

そういう、こと?



「アスラン、あの・・・」

「返事!」



問いかけようとしたキラをぶっきらぼうに遮ったアスランは、微妙にキラから目を逸らしている。

それを見つめ、キラはアスランの頬が、少し赤らんでいるのに気づいた。



照れてる?

アスランが?



「返事は、キラ?」

「わかったわ。

 気を付ける。

 それでいいんだよね?」

「ああ、それと」

「・・・まだあるの?」



小首を傾げるキラに目を合わせたアスランからは、もう照れは感じなくなっている。



・・・可愛かったのにな。



ちょっと残念に思ったキラだった。

そんなキラに気づかず、アスランは真剣に続ける。



「無理をしないこと」

「無理?」

「そう。

 出来ないことは出来ないと言う。

 技術的なものもだけど、気持ちの上でも。

 キラと居られるのは嬉しい。

 キラが俺と居たいと思ってくれるのも。

 でも、それで心を殺してしまわないで欲しい。

 約束、できる?」

「・・・うん。

 だから、アスランも約束してくれる?」

「俺?俺は無理は・・・」

「じゃなくて」



言いかけたアスランをキラは遮った。

首を振り、違うと言う。



「死なないで」

「キラ・・・」

「絶対に、死なないこと。

 言っておくけど、アスランが死んだら、私も死んじゃうからね。

 絶対、絶対、死んじゃダメ」



アスランはゆっくりとキラを下に降ろした。

視線の向きが変わっても、2人は見つめ合ったままで。



「約束する。

 なにがあっても、生きる。

 キラを残していったり、しない」



アスランはもちろん、キラにだってそれが、無茶な約束だなんてわかってる。

それでも、言わないではいられない。



「約束よ」



キラは伸び上がって、アスランの首に腕を絡めた。

触れんばかりに顔を近づけ、囁くように言う。



「私のところに、帰ってくるんだからね」

「ああ、キラのところに」



キラの目が伏せられ、アスランの唇が、キラの唇に重なった・・・。



***end

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