心の痛み−2




キラの目の前で、イージスが砲撃を受けた。
いかにPS装甲があっても、ビーム砲であるゴットフリートにはどうしようもない。
直撃は避けたようだが、その機体のほとんどが破壊されている。

「アス・・・ラン・・・?」

無表情だったキラの顔に、驚愕が浮かぶ。

「アスラン!」

キラは必死だった。もう何も考えられなかった。アスランの事以外は何も。

イージスにストライクを寄せ、コックピットを開き、イージスからアスランをひっぱり出した。
意識を失っているアスランを抱いてストライクに戻る。
ストライクのコックピットを閉じた途端、イージスが爆発した。

「うっ・・・つっ・・・」
「アスラン、アスラン、しっかりして!」

爆発で受けた衝撃で、アスランの意識が戻る。

「キ・・・ラ・・・?」
「そうだよ、アスラン。怪我は?怪我は無い?」

二人の人間がいるには狭いコックピットの中である。
身動きしづらくて、本人に確認するしかない。

「あ、ああ。たぶん、大丈夫だ。・・・キラが助けてくれたのか」
「うん。イージス、爆発しちゃった。アスラン、死んじゃうと、思った」

唇を震わせながら泣き出した、さきほどとは違うキラに、アスランは少しホッとする。

『キラ!キラ!無事?応答して!』

声と同時に、モニターにミリアリアが映る。
ミリアリアの目が、驚愕に見開かれた。

『キ、キラ。それ・・・、もしかして、イージスのパイロット?』

アークエンジェルのモニターに、ストライクの中に赤いパイロットスーツを着た人間が映っているのだろう。
だが、キラが答える前に、ミリアリアの言葉を聞いたナタルが、割り込んできた。

『何をしている!敵をコックピットに入れるな!すぐに外に捨てろ!』

捨てろ?

「・・・捕虜じゃないんですか?」
『そんなもの、何の役に立つものか!それより戦闘に復帰しろ!』

そんなもの?

「本人が捕虜になると言ってもですか?」
『当たり前だ!コーディネイターの言うことなど、信用できるものか!』

信用、できない?

「・・・じゃあ、僕も信用されていないんだ・・・」
『ナタル!・・・キラ君、違うの、今のは・・・』

マリューがフォローしようとしたが、キラにはもう聞いていなかった。

キラはナタルと話ながら、表情がだんだん虚ろになってしまう。
アスランの無事を確認し、安堵し涙したキラにはあった感情が、消えてしまっていた。
キラの様子に気づいたアスランは、焦る。

「キラ、キラ、しっかりしろ!」
『キラ君、どうしたの!?返事をして!』

キラは呼びかけに反応しない。
ヘルメットを取り去り、アスランはキラの頬叩いたり揺さぶったりするが、反応しない。

意を決したアスランは、ストライクのシートに座る。
キラと自分に、もう一度ヘルメットを付けた。
自分の体をベルトで固定し、膝の上に横向きにしたキラを抱える。

その様子を通信機越しに見ていたマリューは叫んだ。
『キラ君をどうするの!』

どう見ても、意識を失ったキラを、ザフト兵が連れ去ろうとしている。
そんなことはさせられるわけがない。
彼は民間人なのだ。
自分達の都合で戦場に駆り立てた少年を、敵に捕らえさせてはいけない。

『キラ君はあなたを助けたのよ!?その子をどうするつもりなの!』

アスランは、モニターに映るマリューを睨み付けた。

「お前達こそ、キラに何をしたんだ!?
 さっきの言葉くらいのことで、いくらなんでもこんな風になるものか。
 お前達は、キラに守られながら、キラの心を壊すのか!?」
『心を壊すですって?』

意外なことを言われた、という顔のマリューに、アスランは余計怒りが増した。

「お前達は!キラの心が傷付いているのを、気づきもしなかったのか!」
『ごめんなさい!』

言い募るアスランに応えたのは、マリューではなく、ミリアリアだった。

ミリアリアは、アスランがキラを知っているかのように話すのを聞いて、思い出した。
イージスのパイロットは、キラの親友だったことを。

『ごめんなさい。私、気づけなかった。いいえ、気づきたくなかったんです。』

突然割り込んで泣き出した少女に、アスランも面食らって黙る。

『キラが戦わなければ、みんな死んじゃうって、わかってるから。
 でも、キラに戦いたくないと言われれば、平気って言わなくちゃいけないから。
 友達なのに、友達なのに、キラとちゃんと話さなかったんです。
 ごめんなさい、ごめんなさい。』

さらに、ミリアリアの横に、サイが顔を出す。

『キラを連れて行ってください。』
『何を言っている!ストライクを敵に渡すつもりか!』
『ナタルさん、大事なのはストライクだけなんですね。』
『当たり前だろう!あれは地球軍のものだ!』

『キラから、イージスのパイロットが親友だと聞きました。
 今更、私が言うことではないと思いますが、キラをお願いします。
 きっと、この艦にいるより、ザフトにいる方がキラにはいいです。』

背後の会話を無視して、アスランに話しかけてくる少女にアスランは好感を持った。
これが、キラが守りたいと言っていた友人達・・・。

「いいのか?キラがもしザフトに入れば、君達とは敵になるぞ?」
『仕方ないです。キラに守られているだけだった私達がいけないんです。
 キラは優しいから、ずっと傷ついていたんだと思います。
 あなたと、親友と戦うことの辛さも、口にはせず、ただ我慢していたんだと。
 なら、今度は私達の番です。
 キラに、伝えてください。私達のことは気にしないで、と。
 敵になっても、友達だと。
 もう、我慢しないで、幸せになって、って。』

ミリアリアは涙を流しながらも微笑み、通信を切った。

***

先ほどから動かないストライクに、アークエンジェルの攻撃を避けながらデュエルが襲いかかる。

「こちら、アスラン・ザラ。イザーク、攻撃を止めてくれ」
『『『・・・アスラン?』』』

イージスは爆発したのだ。
当然そのパイロットであるアスランも死んだと、皆が思った。
なのに、そのアスランからの通信である。
これで驚かない方がおかしい。

『ちょっと待てよ、アスランおまえ、死んでないのか?』
『アスラン、本物ですか?』
『・・・アスラン、おまえいったいどこにいる?』

「ストライクの中だ。助けられた」

『なんで敵が助ける!?』
『アスラン、捕虜になったんですか?』
『捕虜がなんで、コックピットにいるんだ?』

「これから、ヴェサリウスへ戻る。援護してくれ」

***

キラが目を開けると、そこは見慣れない部屋の中だった。

見回すと、横のベットに人が寝ている。
藍色の髪。

「アスラン?」

ばっと起きあがったアスランは、キラの顔を凝視する。

「アスラン、僕どうしてアスランと一緒にいるのかな?
 思い出せないんだけど、僕、捕まったの?」

不安そうに言うキラに、アスランは安堵した。
キラに表情が戻っている。

アスランはキラを抱きしめた。

「キラ、よかった」
「ア、アスラン?」
「よかった・・・」

***

キラの記憶は、ラクスを返還したあたりまでしか無いようだった。
いや、無いわけではないようで、ただはっきりと憶えていない。

だが、イージスが爆発したことは、なんとなく憶えているらしい。

あのアークエンジェルの少女の伝言を伝えると、キラは泣き出した。

「僕、みんなを守るって決めてたのに。
 僕は、みんなの敵になるの?」

キラはアスランにしがみつき、その胸に顔を伏せながら聞いた。

「この艦は今、プラントに向かっているんだ。
 キラがここに来てから、もう一週間経ってる。
 それに、アークエンジェルは月艦隊と合流したんだ。
 だからキラの友達は皆、艦を降りたと思うよ」
「本当に?」
「ああ。僕はキラに嘘は言わないよ。知ってるだろ?」
「うん」

やっと顔を上げたキラに、アスランは微笑む。

この一週間、眠ったままのキラを前に、もう目覚めないんじゃないかとか、もしかしてもうキラの心は壊れてしまったんじゃないかとか、心配で心配でたまらなかった。
だが目覚めたキラは、昔の通りだ。
優しくて、泣き虫で、感情がすぐ顔に出る。

「キラ。キラが戦争を嫌いなのを承知の上で頼む。
 ザフトに志願して欲しい」
「・・・そうしたら、アスランの傍にいられるの?」
「ああ。隊長の了承は得ているんだ。
 もちろん、MSのパイロットとしてじゃない。
 いくらなんでも、もうキラをMSに乗せたりしないよ」
「・・・それ以外、何をするの?」
「主には、MSのOSのメンテナンスや改良だな。
 実はあのストライクのOSで、キラの実力が確認されているんだ。
 あれ、キラが書き換えたんだろう?」
「アスラン、わかったの?」
「わかるよ、キラのは特徴的だから。
 ちなみにあのストライクには、僕が乗ることになってる。
 イージスが無くなったからね」
「僕はアスランの役に立つの?」
「ああ」
「ずっと傍にいていいの?」
「ああ」
「じぁあ、志願する。ザフトに入る」
「ありがとう」

***end
ラストがちょっと困った
健全な友情になっちゃった
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